海外研修リポート 市 寛也さん(2016年度海外研修員)

音楽は弾き手も聴き手もゆとりがあってこそのもの

氏名

市 寛也さん

所属楽団

NHK交響楽団

楽器

チェロ

研修年度

2016年度

研修先

ミュンヘン/ドイツ

指導者

ハンノ・ジモンズ(バイエルン放送交響楽団)

学生の頃に渡航していたら、
ひたすら自宅に籠って練習だけをしていたように思います。

当財団の海外研修制度に応募したきっかけをお聞かせください。

学生時代、留学するタイミングがないまま卒業し、フリーで活動をしていました。ヨーロッパへの留学に興味はありましたが、漠然とした興味だけでは渡欧する決心がつかず、その機会がありませんでした。 その後N響に入団して海外の指揮者に多く接するようになった事や、N響のチェロセクションは非常に多くのメンバーが留学経験を持っていて、先輩方から留学時代の話を身近に聞くようになった事がヨーロッパでの生活に具体的な興味を持つ大きなきっかけになりました。また、N響入団間もない頃からセクションの皆さんが留学を後押しして下さっていた事が決め手となりました。

そして海外研修が始まったのですね。

今回の留学ではレッスンやコンサートに通うことはもちろんですが、音楽と切り離して考えることが出来ないその土地の気候・文化・言語・習慣などを体験する事が大きな目的でした。学生の頃に渡航していたら、ただがむしゃらにひたすら自宅に籠って練習だけをしていたように思います。
楽器以外のことにも関心を向けるということは、日本での活動が根付いてからの渡航でなければ考えつかなかったでしょう。

レッスンはいかがでしたか。

ハンノ・ジモンズ先生はミュンヘン生まれのミュンヘン育ち、先生のお父様もバイエルン放送交響楽団のバイオリン首席奏者だったという生粋のバイエルンっ子で、テンションが高く非常に早口のドイツ語とフレンドリーなお人柄が印象的でした。
先生のレッスンは知的かつ実践的で、ボウイングやフィンガリング、音楽的な解釈など全てが考え抜かれていて非常に納得させられる事ばかりでした。
また、先生の所属するバイエルン放送響の響きは透明度が高く、緻密でキレのあるサウンドが深く印象に残っています。

音楽のあるべき姿を垣間見られたように思います

ミュンヘンでの生活はいかがでしたか。

ミュンヘンは世界的に有名なビールの街。種類も無数にあり、とにかく安くてどれも美味しい。これが毎日の楽しみでした。日本に帰ってから思い返してみて本当に大量にビールを飲んだなと思います(笑)。 一年で良かったです。あのペースで飲み続けていたら痛風になっていたと思います!
それから、ミュンヘンは自然と都会が見事に共存していて、中心地に行けばなんでも揃うし美味しいものも食べられる。少し足を伸ばせば透明度の高い湖や延々と続く大自然、アルプスの山々があります。これは東京の生活からは想像もつかない環境でした(家賃や物価は東京並みでしたが…)。

海外生活で大変だったことはありますか。

大変だったことといえば、やはりドイツ人との感覚の違いを消化するのは少し大変でした。ミュンヘンでは大家さん宅の一部屋を間借りして滞在していましたが、大家さんはドイツ語しか話せなかったので最初のうちはロクなコミュニケーションも取れないし、たまに部屋に入り綺麗に使用しているかチェックされていました(ドイツ人は綺麗好きらしく、少しでも汚れたりするのを嫌うようです)。
郷に入れば郷に従えといいますし、そういうものだと我慢するしかないと思い、次第に慣れましたが換気扇やシンクのないキッチン(驚!)、フルパワーかオフしかない電磁コンロなど、なかなかビックリする事が多かったです。

音楽面でも何か日本との違いはありましたか。

まず感じたことはみんな音楽を自然体で楽しんで弾いているということでした。
もちろん仕事に対するプライドやモチベーションはありますが、音楽のあるべき姿を垣間見られたように思います。
これは個人的な考えですが、音楽は弾き手も聴き手も心にゆとりがあってこそのものだと思います。街のコンパクトさや時間の流れ方など取り巻く環境も違うので、単純に日本と比較するのは安易だと思いますが、その余裕がヨーロッパの音楽にはある気がします。
音楽に対するアプローチも違うように思います。よく「これは何拍子だから」とか「インテンポで」とかいうような話になりますが、向こうでは「ここはホイリゲで上機嫌になっている時の音楽だ」、とか、「ここはヨーデルだ」といった感覚に基づいた話を多く耳にしました。日本人でいう盆踊りのように文化が音楽に結びついているのでしょうか。

海外研修を振り返って、どのようなことを感じていますか。

日本は音楽を取り巻く環境が大きく違います。特に東京は楽器を持って通勤するのも一苦労ですが、音楽に向かう時には常にフレッシュな気分で臨む事が何よりも重要なことだと今回の留学で感じました。
ドイツで体験した音楽、環境、習慣など、良かったと感じたことを忘れず大切にして、これからの日本での演奏活動をより豊かにしていけたらと思っています。 また、最近はスマートフォンなども発達して海外とのコミュケーションも取りやすくなりました。ミュンヘンでお世話になった先生をはじめ、現地で出会った方々との縁を絶やさず、また時々訪れたいなと思います。

※2018年3月時点の内容となります。
※本文中の人名表記はご本人の言葉に沿って一部敬称略、また登場人物の所属等はすべて当時のものです。